■がん患者と 

  就労を考える

 

がん患者の約6割のがんが治るようになってきています。

“慢性疾患”と同じように、外来中心の治療を受けながら、社会で働く患者が最近では増えています。ところが、治療と仕事の両立は決して容易ではありません。社会における認知度はまだまだ低く、今後、どのようにがん患者の就労を支え、社会的な自立を支援していくのかが重要な課題となっています。

 

■働き続けられる環境づくりを

 

日本が「世界トップクラスの長寿大国」となった結果、「世界有数のがん大国」になったと言えます。人口の高齢化とともに、がんになる人の数は増え、いまや日本人の2人に1人ががんになる時代が訪れています。

がん患者の大多数は高齢者が占めていますが、その一方で、現役でバリバリ働く人のうち、がんの罹患者数は予想以上に多いという調査があります。

 

山形大学医学部が2012年5月に発表した調査によると、がん診断時に60歳以上の人が全体の約6割を占め、がんは主に高齢者の病気であることを証明した形ですが、一方で、がんになった人の約6割が現役で働いていることも分かりました。


国のがん対策推進基本計画によると、20歳から64歳までの働き盛り世代のうち、毎年約22万人ががんにかかり、約7万人ががんで亡くなっています。がんは40代から死因の第1位となっており、働く世代のがんの増加は本人や家族の生活を一変させるだけでなく、社会にとっても大きな損失です。

 

家族や社会への影響を少なくするためには、がんの早期発見とともに、適切な医療提供や復職支援など、がん対策を充実させ、がん患者が働き続けられる社会づくりが求められています。

最近は就労支援に取り組む企業や、仕事に影響が出ないよう、夜10時まで外来を開いている病院もあります。治療を続けながら働くがん患者は増える一方ですが、がんへの理解が乏しい職場環境では復職も難しいと言えます。

 

では、社会は患者の就労をどう支えていけばよいのでしょうか。

都内の配送会社に勤務する男性(40)は職場の健康診断で胃がんが見つかりました。進行が早く、胃の3分の2を摘出しましたが、1年後にがんが再発し、抗がん剤治療を開始しました。

妻子を養うために必要な食費やマンションの賃貸料、光熱費など、生活費の全てが自分の収入にかかっていました。

抗がん剤治療を受けた日は薬の副作用が強いために、体が重くてまともに動くこともできなかったのですが、翌日からは普段と変わらない仕事量をこなしました。勤務先の上司からも体調の良い日は「いつでも来ていいよ」と理解してくれていました。

しかし、がんと診断された患者が安心して働き続けられる企業はまだまだ少ないのが実態です。

 

■診断後、勤務先の収入に変化

 

がん患者や家族の多くが復職や就職の際に、制度上のさまざまな壁に直面しています。

がん患者の就労を支援する一般社団法人「CSRプロジェクト」(東京・千代田区)代表理事の桜井なおみさんは「病気を持ちながらどう働くかは、これからの日本の働き方や社会保障を考える上でとても重要な課題です」と指摘しています。

 

桜井さんが2008年に行った雇用に関する調査では4人に3人は「今の仕事を続けたい」と希望していました。ところが、昨年12月に新たに行ったがん罹患後の就労状況調査では、がんと診断後、半数以上の53%の人が就労状況に大きな影響を受けていることが分かりました。

 

勤務先での就労状況が変化した人のうち、依願退職が30%と最も多く、次いで転職が17%、解雇や希望していない異動も合計で17%も見られました。

一方、がん罹患後、収入が減った人は3割にも上っています。そのうち、罹患前と比較して5割以上収入が減った人は67%に上っていますこの収入の減少は治療費の支出が増える患者にとって、より深刻な問題です。

 

■支援制度の柔軟な適用を

 

就労を希望する人が、いつでも働くことのできる柔軟な就労環境が企業側にない場合、私傷病(仕事以外のけがや病気)に対する休暇制度の創設や企業における制度の充実とともに、職場の上司や同僚が、がんの正しい知識を持つことが極めて重要です。

 

行政側にとっても、患者や企業に対する支援制度の柔軟な適用が求められています。例えば、病気やけがで療養する場合、4日目から標準報酬日額の6割が支給される「傷病手当金制度」を利用できますが、3日間連続して休んでいることが必要なため、最近増えている外来中心のがん治療では、せっかくの制度も利用できないという仕組み上の壁があります。

 

また、患者が手術や入院のため、出社できない期間が数カ月~1年以上に及ぶ場合、従業員が数人しかいない中小企業では社会保険料を払い続けることも大きな負担となります。そこで、社会保険料の免除や軽減できる仕組みづくりも大切ではないでしょうか。

 

一口に、仕事と治療を両立させるとはいっても、国がめざす「働き続けられる社会を築く」には、企業や行政、さらには病院や地域における支援態勢の強化が重要です。

 

■海外では就労を法律で支援する国も

 

海外では、がん患者の就労に対して、法律で支援する国も増えてきています。

米国の「家族・医療休暇法(FMLA)」は、がんに限らず「深刻な健康状態」を休暇条件としており、病気のほかにも出産や育児、看護も含め、休暇を取りやすくした法律です。時間単位でも柔軟に休暇が取れ、1年間に12週の休暇を取得できます。休暇中は無給ですが、復職後の社会的地位や給与、労務環境整備、仕事上の責務の軽減などを保障しています。イタリアの「がんリハビリテーション法」も同様にがん患者が復帰後の社会的地位や給与の保障が定められています。

 

いずれの制度も課題はありますが、日本でもがん患者など、病気になった人が復職する際に、働きながら治療や療養ができる環境整備とともに、雇用促進に向けた対策の充実が必要です。